尼公谷から尼公峠、さらに尼来峠再訪


2019/5/25

 尼公谷を遡って尼公峠、さらに若丹国境稜線をたどり尼来峠に向かいます。本来、峠越えのつもりですが、だんだん綾部市境周回の要素が大きくなってきました。
 ■第1部:尼公谷は間伐材の放置で少々荒れてはいるものの、穏やかな谷で、ゆったりと沢歩きが楽しめます。荒れていて通りにくいとか引き返したという話もありましたが、問題なく歩けます。  尼公峠の地蔵さんにお参りしておきました。 
■第2部:若丹国境尾根はアップダウンも少なく、新緑のプロムナードになっていて涼やかな尾根歩きが楽しめました。  横谷三角を超えた所で、はっきりした古道が合流し、調べてみると、旧佐分利村の川上や大谷からの古道がここに集まり、少しの間国境尾根を辿って、迫沼谷に降りていました。明治期(おそらくもっと古い)の街道が今も生きていた。使い込まれた古道の様子から、尼公峠道と同じように活発な通行があったものと思われます。こうなると、迫沼谷も遡ってみないとアカンな。
 ■第3部:尼来峠道の下りは、よくみると道型が残っているところがありました。尾根芯よりやや北を通過しているようで、途中崩落らしい箇所で古道が途切れたりしていました。最後も尾根のやや北側をジグザグに降りてきていました。 
 コンター400~450付近、コンター350付近は尾根芯を避けて北側にジグザグ道で急坂をしのいでいたところ、崩落とその後の植林で、古道の一部が途切れたような感触を持ちました。 
 迫沼谷から▲横谷572.9の肩越えで旧佐分利に降りる古道に興味を持ちましたが、どなたか歩いてるんだろうか?若狭の人はどう考えてるんやろか?テント泊覚悟でやってみるか?そんな気になっています。 


■コースタイム
6:48 尼公橋 
7:17 東からの谷出合 
7:34 湾曲部滝の谷
7:54 奥尼公分岐■28分朝食休憩 8:22 
8:40 尼公峠■16分見学休憩 8:56 
9:47 ▲横谷572.9■28分休憩 10:15 
10:21 古道分岐探索・尾根道 10:29 
10:32 ca.540古道分岐・迫沼谷へ? 
10:41 P541 
10:52 ca.520古道分岐か? 
11:14 P581■12分昼食休憩 11:26 
11:56 尼来峠■22分休憩 12:18 
12:47 永谷着地 
13:04 尼公橋 
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9.86km/6時間19分 (山旅ロガー読み、うち休憩:1時間46分) 

■使用した古地図:
陸測5万図:明治26年測図大正9年修正、昭和2年鉄道補入 スタンフォード大学提供Stanford Digital Repositor 1:50,000 chikeizu

■機材 カメラ:
リコーCX-3 スマホ:Urbano V03(GPS、山旅ロガー用)、ASUS Zenfon3Max(地図ロイド用) 

■ニコ谷伝兵衛と尼来峠道(2019/6/15追記) 
 5/26にニコ谷からニコ峠、尼来峠を歩いた時、突然「ニコ谷伝兵衛」という言葉を思い出しました。はて?人名?どこで見たのか?ツラツラと思い巡らしていると、あ!森本次男さんの「京都北山と丹波高原」ではなかったか?久しぶりに引っ張り出してみました。  森本さんは昭和35年前後に納田終の奥、谷口の奥の一軒家にお住まいの方に途中まで案内され、「尼来峠」を歩いておられるようでした。ボクの持っているアルパインガイド「京都北山と丹波高原」は昭和40年4月1日発刊、第2版なので、多分昭和35年前後、それもマイカーで行っておられたのでマイカー時代到来以後昭和30年代の後半かと思われました。 
 案内のおじさんによると「(尼来峠道を)下ればニコ谷伝兵衛にでて、そこらからは道はよくなる」ということだったので、おそらくニコ谷出合が「ニコ谷伝兵衛」だったのでしょう。確かに明治26年測図の陸測地図にも古和木から2m幅以上の町村道が来ていました。おそらくは、伝兵衛さんの家があったか、出作り小屋があったのでしょう。納田終の谷口からは結構な距離ですが、それでも谷口の人々はよく知っていて「ニコ谷伝兵衛」で通じるようになっていたのだと思います。 ここは写真はあまり撮っていませんが、ちょっと小広い平坦地になっていて、乾田記号も描いてありました。金久昌業さんの「北山の峠(下)」には、ここに六地蔵があったと書かれていて、少し探しましたが見つかりませんでした。
  さて、尼来峠の峠道についても森本さんは記述されていて「落葉の峠」とタイトルが付けられていました。写真は尼来峠からの古和木への降りかと思いますが、一面にのササ原です。今は同じ落葉の道であっても雑木林の道です。下る途中、崩落らしいガレ場が2ヶ所とあるので、ボクも観察した道が消えていたガケのことでしょう。 

詳細は、YAMAP

【北山詣18】二人静に囲まれて佇む井戸祖父谷石仏を見つける


2019/5/18

 今日は山登りなしで、雲ヶ畑街道の延長、祖父谷の谷道を歩き、祖父谷峠越えで井戸まで歩きます。祖父谷峠は昨年11/25に越えたばかりなのに、また同じ峠越えを。 

■今回の狙いは 
1)狼峠分岐から祖父谷峠までは歩いていないので、そこを歩く。ほんの1.2kmくらいですが・・・
2)峠を越えて井戸祖父谷のどこか平たいところにおられるという石仏を探索する。 
3)ナベクロ峠から降ってくる谷道でなく、関電道の尾根を巻くルートがあるかどうか、探索してみる 
4)石仏峠は大昔に行ったけれども石仏は見ていなかったので、お参りする。 (3)、(4)はどちらか選択 以上です。 
■金久昌業さんの「北山の峠」に従って、京から若狭(小浜、高浜など)あるいは田辺(舞鶴ですね)へ街道筋を歩いています。おおまかに、鞍馬街道とその延長、雲ヶ畑街道とその延長、旧周山街道とその関連・派生街道があり、時代により変遷もあります。 
 祖父谷峠は雲ヶ畑街道で城丹国境を越える峠ですが、今、芦生また田歌まで歩いていて、狼峠分岐から祖父谷峠まで歩くと途切れがなくなるという訳です。旧大宮通-西賀茂-満樹峠-雲ヶ畑-(尾桟敷or祖父谷)-祖父谷峠-井戸-卒塔婆峠-八丁-品谷峠-釜ケ原-佐々里-芦生-(権蔵坂or五波谷峠)-染ヶ谷-久坂-小浜・・・こんなルートですね。 

■井戸祖父谷にあるという石仏は、金久さんの記述、「・・巻道も谷道に変わる。・・この辺りの右手山側の谷から少し離れてちょっとした台地になったところに、以前は石仏峠の地蔵と同型の地蔵があってその下からきれいな水が流れていた。・・・」 これだけなのです。前回は分からなかったので改めて行くしかない。 

 結果、見つかりました!多分、植林などでルートが変わったのでしょう、巻道が尾根をジグザグに降ってきて、途中で、テープに右手、北東から落ちてくる谷に導かれそうになったとき、あまり考えずにただ水のある休息場所を探すだけのつもりで、「そっちは前回歩いたので、今度は左に行ってみよう」と軽く思っただけで、平坦な道(植林作業の道か?)を少し歩き、太い杉の根本にザックを下ろしたところ、2つの石祠が目に入りました。あった! 
 金久さん(の奥様)が石仏峠の石仏を見つけられた際は、一行が石仏峠に登っても見つからず、その時突然奥様はなにかに取り憑かれたように井戸側に峠道を降っていき、ちょっとした平坦地の大杉の根本にいらっしゃるのを見つけられたというエピソードが残っています。それと同じとは言いませんが、「石仏に呼ばれた」というのはこういうことなのでしょう。 


■コースタイム 
9:20 雲ヶ畑岩屋橋 
9:56 小梅谷分岐■5分休憩 
10:40 狼峠分岐■20分休憩 11:00 
11:14 石仏峠林道分岐 
11:28 祖父谷峠■35分昼食休憩 12:03 
12:43 石仏峠 
12:48 石仏■20分見学休憩 13:08 
13:55 祖父谷峠 
14:18 井戸祖父谷石仏■40分見学休憩 14:58 
15:24 祖父谷橋 
15:44 イモジ谷出合 
16:12 井戸BS 
17:00 比賀江 
17:21 辻流れ橋 
17:25 山国神社 
17:31 鳥居BS 
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 22.9km/8時間15分(山旅ロガー読み、内休憩2時間) 

詳細は、YAMAP

頭巾山から若丹国境を尼来峠


 2019/5/7

 頭巾山から若丹国境を通って尼来峠を目指す。峠越えなら名田庄から古和木へ歩くのがスジであろうが、どうしても一泊仕事になるのでなかなか難しい。本来なら、昨日歩く予定だったが、前線通過で雷雨予想のため1日延ばした。もう雨の中を歩く元気はないもので。 
 頭巾山は4度目になるが、それぞれ違う季節だったので、新しい感覚を受けた。キラキラと輝く新緑もエエなあと。 
 若丹国境尾根は丸山以外普通の尾根道で、そんなに大きな感動もなかった。まあ、縦走とはこんなものだろう。丸山P761は植林の山かと思っていたが、北西面は大展望、山頂部は清々しい落葉樹林だった。ここはお勧め。




 ■コースタイム 
6:50 行谷バイクデポ 
7:11 頭巾山尾根参道口 
7:24 車止め 
7:48 裏八反の滝■休憩 8:03 
8:12 新登山口■探索休憩 8:30 
8:45 尾根に乗る 
9:20 尾根参道 
9:35 尼来峠分岐 
9:52 行谷下降点 
10:02 頭巾山■休憩 10:22 
10:44 尼来峠分岐 
10:50 ca.800ピーク■昼食休憩 11:15 
11:28 P765 
11:49 ca.650最低鞍部 
12:21 P761丸山■休憩 12:58 
13:13 ca,600最低鞍部 
13:19 ca.630左折点 
13:26 ca.630右折点ウロウロ 13:31 
13:45 P564右折点ウロウロ 13:55 
13:58 尼来峠■休憩 14:13 
14:18 西広尾根 
14:27 ca.450コブ 
14:45 永谷着地 
14:47 渡渉点 
14:48 林道■休憩 15:03 
15:15 尼公谷出合 
15:25 石仏 
15:37 路肩崩落 
15:45 行谷橋 
15:49 行谷バイクデポ
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16.2km/9時間2分 (山旅ロガー読み、内休憩2時間15分)

詳細は、YAMAP

志古田の山中 山芍薬の咲くという 谷を遡る


2019/5/6

 志古田道を登り(遡り)大栗峠を目指します。帰りは、シデ山の肩からP631を経由して、地理院地図の破線路を目指して降ります。
  志古田道は大栗峠を越える「京道」の端緒となる道であると言われています。崩落はあるにせよ、これは歩いておかないと・・・
 結果は、要所にテープをしてくださる人がいて、崩落部も大迷いもせず通過できました。ありがたいことです。道はまだまだしっかりと残っていて、歩いて楽しい道です。お勧めです(迷い易い場所やちょっと際どいトラバースもあるので中級者向けにはしておきますが)。 
 降りに使ったシデ山肩からの尾根道は、若干の急坂はあるものの、歩きやすい道で、470m付近からはしっかりした道となり、弓削道にもヒケをとらない深掘れ道になっていました。しかも自然林。志古田道より安全に上り下りできます。たびたび崩落した志古田道の代わりに十分使えたと思います(若干遠回りなのが気になりますが)。上粟野からの尾根通しの峠越えというのも考えられますが、はたしてそんな道が使われたのかどうか?   


■コースタイム 
8:04  志古田林道バイクデポ 
8:06 堰堤 
8:11 標高点238破線路合流 8:15 
8:25 林道終点、「大栗峠」道標 
8:36 「あやべ山の家」道標 
8:42 支谷分岐、「大栗峠」道標、支谷渡渉 
9:00 谷分岐、崩落現場手前■休憩 9:16 
9:25 崩落部通過 
9:33 高巻き道大岩 
9:36 石垣 
9:41 「京都府」標柱 
9:43 支谷二股■休憩 10:04 
10:13 「大栗峠・わち山の家」道標 
10:16 水平道分岐、探索 10:21、復帰 10:24 
10:35 大栗峠■昼食休憩 11:08 
11:10 展望地 
11:32 林道終点への下降口 11:35 
11:43 シデ山■写真休憩 11:50 
11:54 林道終点への下降口■休憩 12:01 
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12:06 林道終点 
12:11 P631は巻く 
12:15 急坂始まり 
12:29 トラバース道、探索 12:35 
12:38 明瞭な植林道 
12:46 ウワミズザクラ 
12:53 ひっかき傷■休憩 13:05 
13:25 林道着地 
13:40 バイクデポ地、時間つぶし散歩 
14:30 あやべ温泉

詳細は、YAMAP