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どこでも、どこどこ山野跋渉、山登り・山散歩の記録
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忘れ得ぬ山・忘れた山
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きさいち植物園の春夏秋冬
山道具シリーズ6 グランドキングGK682回めのビブラム張替え
2020/1/26
メインのトレッキングブーツグランドキングGK68、2回めのビブラムソール張替えをしました。2013年11月購入、2016年夏、2回め張替えで、今回3回め。3年おきに張替えです。よく使っていますが、ソールだけ減ってガワはびくともしません。
キレイに補修してくれています。
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暗峠からキノキ山、河内往生院跡に降りる
2020/1/13
生駒山、鬼取山から暗峠ー葛城北峯の修験の宿探訪の続きです。キノキ山から河内往生院跡に降りました。
◆キノキ山の磐座
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生駒山、鬼取山から暗峠ー葛城北峯の修験の宿探訪
2020/1/13
修験の古書「諸山縁起」によると、「葛城北峯の修験の宿」というのがあって、それは生駒山地を点々と繋いでいく修行の場で、南から「青谷寺、中山寺、信貴山、往生院、下津村、髪切、生馬、鬼取寺、田原、石船、師子石屋、金剛寺、甲尾、高峯、波多寺、田寺、八幡」の十七の宿が記されています。
「三井寺と修験道」:http://www.shiga-miidera.or.jp/doctrine/msyugendo/03.htm
今回は、「三井寺と修験道」をベースにして、往生院、下津村、髪切、生馬、鬼取寺を巡ってみます。
◆生駒山パノラマ展望台から大阪平野
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木住峠越えと男子ピストン
2019/12/16
長々と歩いてきた、鷹峰ー長坂越ー杉阪ー真弓ー縁坂峠ー茶呑峠ー龍が坂ー(伏見坂ー余野坂ー)縄野坂ー五本松ー佐々江峠ー神楽坂(海老坂)ー宮脇ー仏主峠ー大栗峠ー上林の旧周山街道ー高浜街道ー田辺街道も、いよいよ最終の峠、木住峠越となった。天候と用事の相性が悪く年末になってしまったが、ここは歩いておかないと正月も迎えられない。 実施を1日延ばしたかいもあって、久しぶりの快晴!(寒かったけどね)肥刈谷は荒れてはいたが特に問題もなく木住峠に到達、名前の面白かった両丹国境稜線上の「男子」にも立ち寄ってきた。
詳細は
YAMAP1
:木住峠、三角点男子
YAMAP2
:鬼住峠から田辺
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胡麻峠から三国岳、若丹国境尾根を永谷坂に
2019/10/21
大唐内から胡麻峠経由三国岳、そこを起点として若丹国境尾根を歩こう。まずは永谷坂まで。若丹国境も興味ないではないがあまりに遠すぎるので、綾部市境尾根歩きという意味のほうが大きい。
さすがに綾部市西端から老富は遠い!地図を見ると三国岳だけならR175−舞鶴−与保呂のほうがよほど近いけれども、上林に降りたら帰りがねえ。
三国岳
詳しくは、
YAMAP
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仏主峠越えと長老ヶ岳
2019/10/9
京道 旧周山街道−若狭街道(高浜街道)ー田辺街道も大野または岩江戸まで到達した。仏主峠を越せば、大栗峠はすでに越しているので、上林までは到達する。ということで、今回は仏主峠越え+長老ヶ岳登山である。
岩江戸から三埜経由長老ヶ岳は大昔に歩いたことがあるが、その時は上乙見に降った。仏主峠の様子は覚えていないし、峠から仏主は初めてになる。一般に、岩江戸から旧街道で仏主峠至近のP831は長老ヶ岳登山路としてよく歩かれているが、仏主峠から仏主までの旧街道を歩いた記録がWEBでは見当たらない。金久昌業さんの記述どおりに、仏主峠から仏主まで旧街道を探索したい。
詳細は
YAMAP
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和知道からの大栗峠と大栗山から堀尾峠までの綾部市境尾根
2019/9/18
久しぶりに綾部に帰り、2日間草刈り、墓掃除、また草刈りでクタクタになり、テント泊で18日長老ヶ岳−19日大栗峠からP703の予定が、18日だけ大栗峠からP703となってしまった。
和知道からの大栗峠は、京からの田辺街道を歩くに当たってはどうしても越えておきたいところであるし、近年、古道が整備されたようなので歩いてみたい道であった。流石に整備古道らしく歩きやすい道だった。時々旧道が分岐するものの、それはパイパス旧道らしく、古道あるいは昭和55年頃に整備されたハイキング道をフォローして丹念に整備されたように思える。周辺は2次林主体で紅葉や新緑の頃が楽しみだ。バイクで通るなよなあ。
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今度はだまされへんで!狸谷から獅子窟寺
2019/8/10
親戚の法事と当家のお盆法要が終わって、あとは送り火を残すだけとなったので、早朝の散歩に行ってみました。おつかれ散歩11です。
無目的の散歩では疲れるので、6/26に行った、
土生川の源流獅子窟寺の修験道?の整備状況
の確認をすることにしました。6/26は違う谷にガイドされてしまい、確認できなかったものです。今度は間違い防止のため、くろんど園地経由で尾根から降ってみることにしました。
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夏に来る所ではないな、肘谷坂−大岩山-海老坂
2019\7/29
田辺(舞鶴)−木住峠−上林−大栗峠−上粟野まで来た旅人はどうやって京まで行ったのか?
上粟野からは里道を篠原、大迫回りもあるので、その場合は
肘谷坂越えも選択肢になるのではないか?そんな訳で
肘谷坂を歩くことにした。
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土生川源流狸谷 なんか化かされたような!
2019/6/26
なかなか梅雨に入らないので、今のうちにということで山登りに行きました。山登りというより散歩ですが・・・
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山道具シリーズ5−ワークマンを買ってみた
2019/6/23
夏を迎え、山用ズボンが 暑くなってきたので、夏用に新しいズボンを買いました。買ってみたのは、Workmanのクライミングパンツ、2種。
AERO STRETCH クライミングパンツ ¥1900
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【北山詣19】コウンド谷古道を歩きP951コウンド山と小野村割岳
2019/6/6
昔から気になっていたコウンド谷の古道(の一部)を歩いてきました。
この古道は明治の陸測地図(※)に破線路として載っていて、能見-P938(今はない)東-P920(今はP927)-天狗岳(峠)-七瀬-傘峠-杉尾坂-虫谷-久坂と通じていた、とんでもない街道です。もちろん若狭越の大街道でなく地域を結ぶ生活の道、通商路であったのでしょう。
初めて芦生に足を踏み入れた時、七瀬に泊まったので、地図を見て「なんちゅう道や!」と驚嘆したのを覚えています。その時、中央分水嶺尾根につらなる小野村割岳、P938周辺の平坦な山(その時はP951などはなかった)は憧れの山々でした。当然道などはなく、稜線も猛烈なササブッシュということで、歩くなどはとんでもない状況でした。
今は小野村割岳も、その東もP951も歩く人が増えて一般化していますが、肝心のコウンド谷古道を忠実に歩いたレポートはあまり見かけません。昔からある古道なので当たり前になっているのかも。
コウンド谷の最上部の谷出合から上部には実にはっきりした古道が残っていて、大街道に比べて通行が少なかったであろう古道にしてはすばらしい深掘れの道で、感動ものでしたね。
■コースタイム
9:35 能見口BS
9:59 コウンド口橋(光砥口)
10:02 堰堤横■15分朝食休憩 10:17
10:23 倒木
10:45 林道終点
11:08 谷分岐、カツラ大木■23分休憩 11:31
11:39 コンター720付近、尾根越しの巻道か
12:03 最奥の谷分岐■17分思案休憩 12:20
12:25 コンター860、古道合流
12:33 コンター880 谷を左岸に渡る
12:38 草付、対岸に道跡
12:47 峠■40分昼食休憩 13:27
13:30 尾根分岐
13:33 P951コウンド山(ピストン)
14:11 小野村割岳■30分休憩 14:41
14:51 水場
15:06 林道分岐
15:15 小滝休憩適所
15:30 ゲート
16:03 車止め、最奥の家屋
16:06 水場の谷出合■22分後始末休憩 16:28
16:31 広河原下之町BS
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12.1km/6時間54分 (山旅ロガー読み、内休憩2時間27分)
■機材 カメラ:
リコーCX-3 スマホ:Urbano V03(GPS、山旅ロガー用)、ASUS Zenfon3Max(地図ロイド用)
詳細は、
YAMAP
尼公谷から尼公峠、さらに尼来峠再訪
2019/5/25
尼公谷を遡って尼公峠、さらに若丹国境稜線をたどり尼来峠に向かいます。本来、峠越えのつもりですが、だんだん綾部市境周回の要素が大きくなってきました。
■第1部:尼公谷は間伐材の放置で少々荒れてはいるものの、穏やかな谷で、ゆったりと沢歩きが楽しめます。荒れていて通りにくいとか引き返したという話もありましたが、問題なく歩けます。 尼公峠の地蔵さんにお参りしておきました。
■第2部:若丹国境尾根はアップダウンも少なく、新緑のプロムナードになっていて涼やかな尾根歩きが楽しめました。 横谷三角を超えた所で、はっきりした古道が合流し、調べてみると、旧佐分利村の川上や大谷からの古道がここに集まり、少しの間国境尾根を辿って、迫沼谷に降りていました。明治期(おそらくもっと古い)の街道が今も生きていた。使い込まれた古道の様子から、尼公峠道と同じように活発な通行があったものと思われます。こうなると、迫沼谷も遡ってみないとアカンな。
■第3部:尼来峠道の下りは、よくみると道型が残っているところがありました。尾根芯よりやや北を通過しているようで、途中崩落らしい箇所で古道が途切れたりしていました。最後も尾根のやや北側をジグザグに降りてきていました。
コンター400~450付近、コンター350付近は尾根芯を避けて北側にジグザグ道で急坂をしのいでいたところ、崩落とその後の植林で、古道の一部が途切れたような感触を持ちました。
迫沼谷から▲横谷572.9の肩越えで旧佐分利に降りる古道に興味を持ちましたが、どなたか歩いてるんだろうか?若狭の人はどう考えてるんやろか?テント泊覚悟でやってみるか?そんな気になっています。
■コースタイム
6:48 尼公橋
7:17 東からの谷出合
7:34 湾曲部滝の谷
7:54 奥尼公分岐■28分朝食休憩 8:22
8:40 尼公峠■16分見学休憩 8:56
9:47 ▲横谷572.9■28分休憩 10:15
10:21 古道分岐探索・尾根道 10:29
10:32 ca.540古道分岐・迫沼谷へ?
10:41 P541
10:52 ca.520古道分岐か?
11:14 P581■12分昼食休憩 11:26
11:56 尼来峠■22分休憩 12:18
12:47 永谷着地
13:04 尼公橋
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9.86km/6時間19分 (山旅ロガー読み、うち休憩:1時間46分)
■使用した古地図:
陸測5万図:明治26年測図大正9年修正、昭和2年鉄道補入 スタンフォード大学提供Stanford Digital Repositor 1:50,000 chikeizu
■機材 カメラ:
リコーCX-3 スマホ:Urbano V03(GPS、山旅ロガー用)、ASUS Zenfon3Max(地図ロイド用)
■ニコ谷伝兵衛と尼来峠道(2019/6/15追記)
5/26にニコ谷からニコ峠、尼来峠を歩いた時、突然「ニコ谷伝兵衛」という言葉を思い出しました。はて?人名?どこで見たのか?ツラツラと思い巡らしていると、あ!森本次男さんの「京都北山と丹波高原」ではなかったか?久しぶりに引っ張り出してみました。 森本さんは昭和35年前後に納田終の奥、谷口の奥の一軒家にお住まいの方に途中まで案内され、「尼来峠」を歩いておられるようでした。ボクの持っているアルパインガイド「京都北山と丹波高原」は昭和40年4月1日発刊、第2版なので、多分昭和35年前後、それもマイカーで行っておられたのでマイカー時代到来以後昭和30年代の後半かと思われました。
案内のおじさんによると「(尼来峠道を)下ればニコ谷伝兵衛にでて、そこらからは道はよくなる」ということだったので、おそらくニコ谷出合が「ニコ谷伝兵衛」だったのでしょう。確かに明治26年測図の陸測地図にも古和木から2m幅以上の町村道が来ていました。おそらくは、伝兵衛さんの家があったか、出作り小屋があったのでしょう。納田終の谷口からは結構な距離ですが、それでも谷口の人々はよく知っていて「ニコ谷伝兵衛」で通じるようになっていたのだと思います。 ここは写真はあまり撮っていませんが、ちょっと小広い平坦地になっていて、乾田記号も描いてありました。金久昌業さんの「北山の峠(下)」には、ここに六地蔵があったと書かれていて、少し探しましたが見つかりませんでした。
さて、尼来峠の峠道についても森本さんは記述されていて「落葉の峠」とタイトルが付けられていました。写真は尼来峠からの古和木への降りかと思いますが、一面にのササ原です。今は同じ落葉の道であっても雑木林の道です。下る途中、崩落らしいガレ場が2ヶ所とあるので、ボクも観察した道が消えていたガケのことでしょう。
詳細は、
YAMAP
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